石佛堂
どんな伝承か
昭和5年、広島市古田の小山の路傍で、殺害された旅人の墓が発掘されたとして石仏堂が建立された。この堂で祈ると万病が治るという触れ込みから参拝者が集まり、やがて小さな祠となる。これは日本人の宗教観が曖昧であり、由来不明確な祠に対して病気治癒を願う迷信的行為の例である。
原典より
昭和五年、広島市古田の小山の道の畔に、殺されたる旅人の墓を發掘したるものとして石仏堂が建立せられた。—— 迷信の研究(富士川游(監修)・富士川游・医学史/迷信研究・1932年(昭和7年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
迷信の研究(富士川游(監修)・富士川游・医学史/迷信研究・1932年(昭和7年))
『迷信の研究』は、富士川游が東京の中山文化研究所で監修し、昭和七年二月の緒言を付して世に出した迷信の解説書である。迷信を思考の錯誤ととらえ、その発生の由来を説いたうえで、身体・精神・疾病・妊娠と出産・育児・禁厭・相法・卜占・天文と暦・犯罪などの欄ごとに迷信の事例を挙げ、科学的な説明を加える。同研究所の展覧会に使った説明のポスターをもとに簡潔にまとめ、巻末の奥書に参照した独逸と日本の文献を掲げる。