谷を一つ隠して弘法の霊地を退けた話
どんな伝承か
昔、弘法大師が芹田のあたりに高野山を持って来ようとした。土地の人はそれでは面倒が起こると考えたが、このあたりは百の谷があり景色もよく、修行に最適の地であった。人々は谷を一つ隠せばよいと考えて隠すと景色が損なわれ、弘法大師も諦めたという。別の伝えでは、弘法大師が一丁八丁のあたりの景色を気に入って霊地にしようとしたところ、大平に住む天狗が縄張りを荒らされるのを嫌って谷を一つ隠した。谷が一つ減っただけで眺めががらりと変わり、大師はこんな眺めでは霊地にならないと言って諦めたと伝えられる。
原典より
昔、弘法大師が芹田のへんに高野山を持って来ようとした。—— 富岡市史 民俗編――昔話・伝説・世間話(富岡市(編)・富岡市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
富岡市史 民俗編――昔話・伝説・世間話(富岡市(編)・富岡市史)
『富岡市史 民俗編――昔話・伝説・世間話』は、富岡市が編んだ市史の民俗編のうち、民俗知識の章の末尾と口頭伝承の章を収めたものである。口頭伝承の章は、昭和四十年代以降の中学校郷土部の採話や額部地区の民俗調査、市史編さんの調査で聞き取った昔話・伝説・世間話と、富岡・甘楽方言の解説から成る。伝説は自然的・社会的・信仰的の三つに分け、羊太夫や小野小町、貫前神社にまつわる話と多くの地名起源を載せる。