小野小町の病を癒した後賀の塩薬師
どんな伝承か
後賀の小字塩畑堂、鏑川の北岸に塩薬師がある。もとは石薬師と呼ばれ、次の由来が伝わる。長谷観音を信仰していた小野小町は、夢のお告げで父のいる出羽へ帰ることになり、六十三歳で都を発った。上野のこのあたりで皮膚の病にかかって旅が続けられず、後賀の近くに庵を結んで療養した。不動明王のお告げで川岸の石薬師に千日の願をかけたが効き目がなく、小町が薬師に歌を詠むと、その夜夢に薬師が現れて返歌を授け、翌朝には病が治っていた。小町は礼に塩を積んで供え、以来塩薬師と呼ばれるという。また小町は眼病で得成寺に百日の願をかけ、最後の日に大風で橋が塞がれたが、東へ回って蕨から参って願を果たしたとも伝わる。
原典より
後賀小字塩畑堂の鏑川の北側の川沿いに塩薬師がある。—— 富岡市史 民俗編――昔話・伝説・世間話(富岡市(編)・富岡市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
富岡市史 民俗編――昔話・伝説・世間話(富岡市(編)・富岡市史)
『富岡市史 民俗編――昔話・伝説・世間話』は、富岡市が編んだ市史の民俗編のうち、民俗知識の章の末尾と口頭伝承の章を収めたものである。口頭伝承の章は、昭和四十年代以降の中学校郷土部の採話や額部地区の民俗調査、市史編さんの調査で聞き取った昔話・伝説・世間話と、富岡・甘楽方言の解説から成る。伝説は自然的・社会的・信仰的の三つに分け、羊太夫や小野小町、貫前神社にまつわる話と多くの地名起源を載せる。