新田小四郎義重の居城と伝える丹生山
どんな伝承か
丹生山は、新田義貞の身内と伝えられる新田小四郎義重が城を構えた場所だという。義重は北条時行と上野で戦い、足利直義はその功を賞して甘楽郡を与えた。子孫は代々丹生山にとどまったが、義重から七代目の主水景純は後閑に移り住み、永禄三年に武田信玄に従って姓を後閑と改めたと伝わる。丹生山は小字新井にあり、頂は丸く東西十六間、南北十四間ほどで、途中に幅五間の帯状の平地があり、そこを下ると二の丸・三の丸と見える平地が続く。東・南・西の一帯には塹壕の跡が残っている。
原典より
丹生山は新田義貞の身内と伝えられる新田小四郎義重の居城だった、といわれている。—— 富岡市史 民俗編――昔話・伝説・世間話(富岡市(編)・富岡市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
富岡市史 民俗編――昔話・伝説・世間話(富岡市(編)・富岡市史)
『富岡市史 民俗編――昔話・伝説・世間話』は、富岡市が編んだ市史の民俗編のうち、民俗知識の章の末尾と口頭伝承の章を収めたものである。口頭伝承の章は、昭和四十年代以降の中学校郷土部の採話や額部地区の民俗調査、市史編さんの調査で聞き取った昔話・伝説・世間話と、富岡・甘楽方言の解説から成る。伝説は自然的・社会的・信仰的の三つに分け、羊太夫や小野小町、貫前神社にまつわる話と多くの地名起源を載せる。