帆を解いた浜に漂う空船
どんな伝承か
仏浜はもと帆解浜といい、奈良時代のおよそ千二百年前、北へ向かう朝廷の役人が海路はるばるこの浜に上陸し、帆を解いて奥の陸地へ進んだ地点だという。またある時化の日、当時富浜といったこの浜に、どこの国のものとも知れない空船が漂着した。中ノ島の長作という者が浜へ引き揚げると船底から人の声がする。怪しんで探すと、仏像を奉じた僧が一人いた。飛騨国の慶仁といい、訳あって流人となり流れ着いたのだという。長作は僧を菩提所の富知山浄性寺に伴って住まわせ、薬師仏は中ノ島の瑠璃殿に安置した。これより富浜を仏浜というと伝える。
原典より
仏浜は、「帆解浜」といい、奈良時代およそ一二〇〇年前、北に向かう朝廷の役人が海路はるかここまで来て、この浜に上陸し、「帆を解いて」奥の陸地へと進んだ地点だったという。—— 富岡町史 第3巻(考古・民俗編)――昔話と伝説(富岡町(編)・富岡町史・自治体史(民俗)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
富岡町史 第3巻(考古・民俗編)――昔話と伝説(富岡町(編)・富岡町史・自治体史(民俗))
『富岡町史 第3巻(考古・民俗編)』第九章所収の昔話と伝説。福島県双葉郡富岡町(震災前)に伝わる口承を採録する。