久保姫の縁組が招いた落城
どんな伝承か
岩城領の北辺にある富岡は、相馬氏との確執のためにたびたび兵火を交え、富岡城の争奪が繰り返された地である。岩城の大守重隆には久保姫という絶世の美人の娘が一人あり、伊達稙宗が嫡男晴宗の正室にと望んで、相馬顕胤が仲介の労をとることになった。ところが白河の結城晴綱もまた婚を求めたため話がこじれ、重臣会議は白河を採って伊達との約を破った。これを聞いた顕胤は烈火のごとく怒り、軍勢を催して岩城領へ侵入し、富岡・木戸・広野の砦はたちまち落城した。のち四倉薬王寺の僧が和議を斡旋し、前約どおり姫を伊達へ渡して落着をみたという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
富岡町史 第3巻(考古・民俗編)――昔話と伝説(富岡町(編)・富岡町史・自治体史(民俗))
『富岡町史 第3巻(考古・民俗編)』第九章所収の昔話と伝説。福島県双葉郡富岡町(震災前)に伝わる口承を採録する。