嵐の浜に漂着した八人の浪士
どんな伝承か
元治元年旧九月十四日の昼下がり、二日間荒れ狂った嵐がようやくおさまった仏浜海岸に、弊衣をまとい髪を乱した異様な姿の若い武士八名が上陸してきた。彼らは藩命に背いて筑波の挙兵に馳せ参じた相馬中村脱藩の士六名と他藩士二名で、世にいう水戸天狗党の一味であった。三日前の夜、那珂湊から小舟で北へ発ったが、暴風雨に櫓を折られ、沈没の危機を何度も越えて流され、この浜に漂着したのである。一行は富岡川を渡り、小浜村から海沿いの山道を急ぎ、小良ヶ浜村を経て相馬領熊川村へ入ったが、そこには中村藩の目付が待ちうけており、ことごとく捕らえられて十一月五日の夜に処刑された。
原典より
今を去る百二十有余年一八六四年(元治元年)旧九月十四日の昼下がりのことであった。—— 富岡町史 第3巻(考古・民俗編)――昔話と伝説(富岡町(編)・富岡町史・自治体史(民俗)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
富岡町史 第3巻(考古・民俗編)――昔話と伝説(富岡町(編)・富岡町史・自治体史(民俗))
『富岡町史 第3巻(考古・民俗編)』第九章所収の昔話と伝説。福島県双葉郡富岡町(震災前)に伝わる口承を採録する。