村を軒並み回る戸回り如来
どんな伝承か
富岡川口近くの小浜橋の南たもとに正福院という寺があった。明治の中頃かはっきりしないが火災に遭い、焼失とともに廃寺になってしまった。そのときようやく運び出された如来と三十数体の小坊主は、ともに観音堂に安置されて祭られた。如来の身体の焦げ跡はこのときのものだという。村人が堂を再建しようと相談していると、ある晩この如来が夢枕に立ち、堂は別に要らないから村人に背負われて村中を軒並み回りたいと告げた。そこで如来は主婦が背負い、小坊主は子供たちが持って隣の家へと回されるようになった。十日か二十日ごとに次へ移る。こうして小浜の村を一軒ずつお回りになるので、戸回り如来というのである。
原典より
富岡川口近くの小浜橋の南たもとに、正福院という寺があり、(故原田政雄宅東方に椿の木があるが、そこが寺院跡であったということである)明治の中頃かはっきりしないが、火災にあい、焼失と共に廃寺になってしまったが、その時ようやく…—— 富岡町史 第3巻(考古・民俗編)――昔話と伝説(富岡町(編)・富岡町史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
富岡町史 第3巻(考古・民俗編)――昔話と伝説(富岡町(編)・富岡町史)
『富岡町史 第3巻(考古・民俗編)――昔話と伝説』は、福島県富岡町の町史のうち考古・民俗を扱う巻で、ここにはその第九章「昔話と伝説」が収められている。昔話の節は昭和五十八年五月の福島県教育委員会による文化財基礎調査のまとめに町の既刊の話集から数編を加えたもので、麓山の白蛇や、大原の大吉・金平六など名のある狐の話が目立つ。伝説の節には朝賀城哀話、仏浜、戊辰戦争、鉱山、北風薬師などを収め、各話に伝承者の地区と名を添える。