小塚原の腑分けと蘭書の照合
どんな伝承か
明和八年三月、小塚原で行われた腑分けは、わが国の人体解剖として広く知られ、現場には記念碑が立っている。杉田玄白はオランダの解剖書『ターフェル・アナトミア』を手に入れ、その精密さと従来の知識との隔たりに驚いて、実物と照らし合わせたいと願っていた。機会を得て前野良沢や中川淳庵らと立ち会う。当日は腑分けに慣れた虎松という者が執る予定だったが、急病のため九十歳になる祖父が代わりを務めた。取り出される臓器を書と引き比べ、記述の正しさに一同は感嘆したという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
科学的教養(小泉丹・小泉丹・科学論・昭和(戦中))
生物学者・小泉丹『科学的教養』(戦中刊)。国民の科学性とは科学知識の普及ではなく科学的態度であるとし、科学的・非科学的の境界を吟味したうえで、怪異談を科学的に検討する。