殺された修験南泉院の怨念
どんな伝承か
昔、本飯豊に南泉院という修験がいた。吉野の大峯山で三十三回目の峰入り行を果たして国へ帰る途中、中山道を取り美濃国の落合村で宿をとった。宿の主人は南泉院の差料が見事なので欲しくなり、翌朝十石峠まで送っていって、泉の水を飲もうとかがんだところを後ろから斬りつけ、ついに斬り殺した。刀を奪って帰った亭主は床の間に飾ったが、刀は夜になると白蛇となって襲いかかり、亭主は発狂し村には悪疫が流行した。占いにより法印の木像と刀を村送りで故郷へ送ることになり、三年三か月かかって奥州田村郡小野庄に届いた。刀も木像も飯豊神社の神官家に伝わるという。
原典より
昔、本飯豊に南泉院という修験がいた。—— 小野町史 民俗編――伝説(小野町(編)・小野町史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
小野町史 民俗編――伝説(小野町(編)・小野町史)
『小野町史 民俗編――伝説』は、小野町が編んだ町史の民俗編から、第九章「ことばと伝承」の第一節「伝説」を収めたものである。田村郡小野庄にあたる町内の館主や城主の没落、坂上田村麻呂や八幡太郎、小野篁・小野小町にまつわる話、デンスケ坊の祟り、河童の恩返し、大蛇や名石・埋宝の話など五十四編を、大半は地元の人からの聞き書きで収める。村川友彦の「はじめに」と地域の特色の解説を置き、伝説を大字(旧村)ごとに並べ、語り手の名を添える。