水難疱瘡の守神・河童のミイラ
どんな伝承か
昔、相模国金沢村の漁夫重右衛門という者の家に、水難疱瘡の守りというものが木箱に入れて物入れの隅に押し込まれていたが、家族はこれを等閑にしていた。享保元年五月のある夜、重右衛門の姉の夢に一人の小児が現れ、自分はこの家に年久しく祀られているが、誰もよく知る者がない、どうか自分のために一社を建ててくれ、水難・疱瘡・麻疹の守り神となろうと言った。翌日、木箱を開けて見ると、面は猿に似て四肢に水掻きがあり、脳天の窪んだ怪物の木乃伊が封じ込められていた。福太郎と名づけて邸の隅に一社を建てて祀ると霊験があり、評判になって江戸にも持ち出されたという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
動物界霊異誌(岡田建文・岡田建文・心霊研究・昭和初期(1927))
心霊研究家・岡田建文が昭和二年(一九二七)に著した『動物界霊異誌』。現代物理は宇宙の大物理の末梢に過ぎぬとの立場から、動物の霊異を迷信的虚妄として退けず証明すべき事例として収集する。蝦蟇(ヒキガエル)の章では、蛇を埋めてクリ茸を生やし食う怪(島根波根東村)、背に五寸釘を刺され口から怪光を吐く大蝦蟇(会津若松龍田屋、同時に幼児が高熱)、猫を灰色の液汁に溶かす怪(石見久利村)、慶応二年に浄土寺へ夜ごと現れた武士の正体が蝦蟇だった話を収める。