霊能者矢田老人の狐落とし
どんな伝承か
医者がヒステリーと見ていた病婦のもとへ、同じ市から六里離れた多胡浦の老霊能者矢田某が招かれた。老人は生きた弘法さまと呼ばれ、人の心中や過去と未来まで見通したという。老人が一部屋隔てて病婦をにらみ、指先で床を叩くと、病婦は髪を振り立てて這い寄り、獣のように老人の膝に顔をのせた。老人は「狐の畜生」と怒鳴ってこづき回し、口移しに息を吹き込むと、病婦の腹が鳴って黄色い液を吐いた。老人が去ると、骨と皮ばかりの病婦が六尺余りの板塀を一跳びに越えて古井戸に落ち、数日眠ったのち元に戻ったという。
原典より
右の病婦は永らく絶食してゐて骨と皮とになつて居り、歩くことも出来ない位に衰へて居たのであつたが、モウ歸ると言ひさま、軽く起上つて縁側へ出で、其所から九尺の庭の向ふに在る高さ六尺餘りの板壁を一と飛に跳ね越えて、…—— 動物界霊異誌(岡田建文・岡田建文・心霊研究・1927年(昭和2年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
動物界霊異誌(岡田建文・岡田建文・心霊研究・1927年(昭和2年))
『動物界霊異誌』は、岡田建文(蒼溟)が昭和二年に著し、郷土研究社から出した動物怪異の記録集である。二十余年にわたって集めた体験や同志の報告から、動物にまつわる怪異の事例を選び、山陰地方を中心とする明治・大正の見聞と、近世の随筆に見える記事を収める。蝦蟇・猫・河童・狐・狸と貉・外道(人狐)・蛇などの動物ごとに、解説・事例・古人の記述の順に並べ、心霊の立場からの考察を加える。