鹿島の森から響く待て待ての声
どんな伝承か
和歌山県日高郡南部町の鹿島という島には、昔、天狗が棲んでいたと伝えられる。明治の初めごろ、中瀬丈助という人が仲間三、四人とこの島へ渡り、鴨を捕る網を張った。仕事を終えて帰りの舟に乗り込むと、島の森の奥から不意に「待て待て」と呼びとめる声がした。一同は誰ひとり声も出せず、大急ぎで舟を漕いで引き返し、南部の浜へ上がってから、ようやくそのときの恐ろしさを口々に語りあったという。天狗に声をかけられる話は各地にあり、その一つである。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
暮しの中の妖怪たち(岩井宏実・岩井宏実・民俗学・1986年(昭和61年))
『暮しの中の妖怪たち』は、岩井宏實が昭和六十一年に著した妖怪の概説書である。鬼・天狗・河童から山姥、産女、雪女、怪火、ザシキワラシ、化け猫、狐狸、幽霊まで、各地の伝承や古典・絵画に見える妖怪を一つずつ取り上げ、その姿と仕業を説く。第I章で個々の妖怪を紹介し、第II章で妖怪の性格、出現の空間と時、正体を論じ、巻末に著者が資料とした妖怪の本の一覧とあとがきを置く。