口の裂けた女に遭った下人の死
どんな伝承か
昔、江戸麴町一二丁目の大黒屋長助のもとに、権助という十七、八歳の下人がいた。あるとき大窪百人町まで手紙を届け、返事をもらって帰る途中、日が暮れて雨も強くなった。傘をさして歩いていると、前をずぶ濡れで行く女がある。傘に入るよう声をかけて顔をのぞくと、口は耳のきわまで裂け、髪をふり乱した化け物であった。権助はあっと驚いて倒れ、その場で気を失う。のちに上下の歯がすべて欠け落ち、阿呆のようになって間もなく死んだ。大窪百人町のあたりには狐が棲み、夜になると人をたぶらかすという風聞があったという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
暮しの中の妖怪たち(岩井宏実・岩井宏実・民俗学・1986年(昭和61年))
『暮しの中の妖怪たち』は、岩井宏實が昭和六十一年に著した妖怪の概説書である。鬼・天狗・河童から山姥、産女、雪女、怪火、ザシキワラシ、化け猫、狐狸、幽霊まで、各地の伝承や古典・絵画に見える妖怪を一つずつ取り上げ、その姿と仕業を説く。第I章で個々の妖怪を紹介し、第II章で妖怪の性格、出現の空間と時、正体を論じ、巻末に著者が資料とした妖怪の本の一覧とあとがきを置く。