賀茂氏が境内に設けた別の氏神社
どんな伝承か
山城国の賀茂社では、祭神の子孫と伝える賀茂氏の家々が氏人として長く奉仕してきた。しかし朝廷の崇敬があまりに厚かったため、一族は自ら身を引き、本社の境内に別に氏神の社を設けて、四月の申の日に祭りを行うのが例であった。そのため賀茂氏は本社を氏神とは呼ばなかったという。氏神が必ずしも祖先神とは限らないことを示す例の一つとして、石上神宮や鹿島神宮と並べて述べられている。
原典より
さらに山城国賀茂社においては、祭神の後裔と伝える賀茂氏の諸家が氏人として長く奉仕しながら、朝廷の崇敬が厚かったために、みずから一族は退いて、本社の境内に別に氏神の社を設け、四月申日に祭りをおこなう例であった。—— 日本民俗学大系 第8巻――信仰と民俗(原田敏明・池上廣正・堀一郎ほか) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本民俗学大系 第8巻――信仰と民俗(原田敏明・池上廣正・堀一郎ほか)
『日本民俗学大系 第8巻――信仰と民俗』は、原田敏明・池上廣正・堀一郎ら十二人の執筆者による論文集である。民間に伝わる神と霊の観念、家や村の氏神、職業の神、祭りの日取りと組織、憑きものや妖怪を題材に、各地の調査報告や古記録に見える事例を引いて論じる。原田の総説に始まる十七編からなり、後半では修験道・庚申信仰・キリシタン・新興宗教と民間信仰とのかかわりを扱う。