空海が東寺に祭った稲を担ぐ狐
どんな伝承か
稲荷と狐が結びついた由来について、引かれた書物は二つの説を挙げている。ひとつは、狐が老翁の姿に化けて稲を担いで来たのを空海が東寺に祭ったという言い伝えから、狐を稲荷と取り違えるようになったという説、もうひとつは荼吉尼天の像から誤ったという説である。著者によれば荼吉尼天はもともと印度の夜叉神で、人の心臓を好んで食う恐ろしい姿をしており、本来は狐と縁がない。それがのちの経典や仏像図彙では狐に乗る天女となり、福神として宇賀神とも混じったという。
原典より
空海が狐の老翁に化て稻を荷てきたりしを東寺にまつりしといふ説より誤りしにや。—— 動物妖怪譚(日野巌・日野巌・動物妖怪譚・1926年(大正15年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
動物妖怪譚(日野巌・日野巌・動物妖怪譚・1926年(大正15年))
『動物妖怪譚』は、日野巌が大正六年に筆を起こし、大正十一年の跋と大正十五年の再記を添えて著した伝説の動物の研究書である。鬼・天狗・河童・人魚・雪女・龍・雷獣・狐・狸・獏・鯰・猫など二十六の項目を立て、記紀や万葉集から近世の随筆までの記事を原文の引用ごと示して起源と変遷をたどり、動物学の知識で正体を考える。總論で起原・歴史的変遷・分類などを論じ、結論では迷信から科学へ近づくことを説いて閉じる。