狐捕りの名人たうか藤兵衛
どんな伝承か
利根川図志に、下総佐倉の一里あまり東、墨村の百姓藤兵衛の話が載る。狐捕りの名人で「たうか藤兵衛」と呼ばれ、家の裏にブッチメという罠を仕掛けていた。水戸からの帰りに出会った狐を十里もだまして連れ帰り、罠にかけたこともある。千葉野で目をつけた古狐は手強く、隣家の倅に化けて夜中に罠に狐がかかったと戸をたたいたが、藤兵衛は今夜は罠を掛けていないと取り合わず、翌朝その古狐が罠にかかっていた。村の若者に頼まれた折には、酔ったふりで鶏の死骸を引きずり、狐を地蔵堂の前の罠まで誘い込んで見せた。餌は鼠の油揚げだという。
原典より
ある時用事ありて常州水戸へ往し歸り、おなばけの原にて狐に出逢し故、この狐を欺し誘して我が家へつれ歸り、裏山のブッチメにかけて挿しこなり。—— 動物妖怪譚(日野巌・日野巌・動物妖怪譚・1926年(大正15年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
動物妖怪譚(日野巌・日野巌・動物妖怪譚・1926年(大正15年))
『動物妖怪譚』は、日野巌が大正六年に筆を起こし、大正十一年の跋と大正十五年の再記を添えて著した伝説の動物の研究書である。鬼・天狗・河童・人魚・雪女・龍・雷獣・狐・狸・獏・鯰・猫など二十六の項目を立て、記紀や万葉集から近世の随筆までの記事を原文の引用ごと示して起源と変遷をたどり、動物学の知識で正体を考える。總論で起原・歴史的変遷・分類などを論じ、結論では迷信から科学へ近づくことを説いて閉じる。