愛宕山の聖と普賢菩薩に化けた狸
どんな伝承か
昔、愛宕の山に長く行を修める聖がいた。西の方に住む猟師がこの聖を尊び、常に参って物を奉っていた。久しく参らなかったので干飯を携えて訪ねると、聖は喜び、この夜ごろ普賢菩薩が象に乗って見えるので今夜留まって拝めと言う。猟師が留まると、聖の使う童も五、六度拝んだという。九月二十日の夜半過ぎ、東の山の嶺から月が差し入るように坊の内が明るくなり、普賢が白象に乗って坊の前に立った。猟師は、経も読まぬ自分や童に見えるのは腑に落ちぬと思い、聖の拝み入る上から矢を射た。光は消え、谷へ轟いて逃げる音がした。夜が明けて血をたどると、谷底に大きな狸が胸を射通されて死んでいた。
原典より
夜あけて血をこめて行きて見ければ一町ばかり行きて谷のそこに大なる狸胸よりこがりやを射こほされて死にてふせけり。—— 動物妖怪譚(日野巌・日野巌・動物妖怪譚・1926年(大正15年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
動物妖怪譚(日野巌・日野巌・動物妖怪譚・1926年(大正15年))
『動物妖怪譚』は、日野巌が大正六年に筆を起こし、大正十一年の跋と大正十五年の再記を添えて著した伝説の動物の研究書である。鬼・天狗・河童・人魚・雪女・龍・雷獣・狐・狸・獏・鯰・猫など二十六の項目を立て、記紀や万葉集から近世の随筆までの記事を原文の引用ごと示して起源と変遷をたどり、動物学の知識で正体を考える。總論で起原・歴史的変遷・分類などを論じ、結論では迷信から科学へ近づくことを説いて閉じる。