紫宸殿と仁寿殿の間に現れた夜の光
どんな伝承か
著者が『扶桑略記』から抜き出した陽成帝の治世の怪異の一つである。元慶二年八月二日の夜、紫宸殿と仁寿殿のあいだに光が現れた。明け方近くには大きな流れ星が南へ飛び、その長さは一丈あまりにもなったといい、京の町の人々も大勢これを目にしたと記されている。この年は五月に赤い大流星が落ち、六月には紫宸殿の前で白鷺のつがいが争い、同じ月の二十七日には夜空が真っ赤に光るなど、宮中の周りで不思議な兆しが続いていた。
原典より
文徳帝の皇后(正しくは女御)染殿の后が妖魔に誑惑(きょうわく)され、帝や群臣の眼前で鬼と戯れあったという信じ難い話は、『今昔物語』巻二十に「染殿の后天狗の為に乱せらるる事」として収録されている。—— 日本の妖怪(早川純夫・早川純夫・妖怪史・1973年(昭和48年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本の妖怪(早川純夫・早川純夫・妖怪史・1973年(昭和48年))
『日本の妖怪』は、早川純夫が一九七三年(昭和四十八年)に著した妖怪史の読み物である。『出雲風土記』『日本書紀』から『日本霊異記』『今昔物語』、江戸の『新著聞集』などの随筆までの古典に記された妖異を、かかわりのある実在の人物や事件とともに古代から近世へ時代順にたどる。全八章で、引用は意訳を交えて『』でくくり、仏教談や霊験談、地方の民話はおおむね除き、第七章には江戸の見聞録から選んだ二十話を並べる。