管弦の宴で誘い出された浜の民
どんな伝承か
『常陸国風土記』によれば、潮来の地には夜尺斯と夜筑斯を首領とする先住の部族が住み、穴を掘り砦を築いて、大和から遣わされた健借間命に従わなかった。兵を向けても穴にこもって出てこないため、健借間命は軍を二手に分け、一隊を山陰に伏せ、もう一隊を船に乗せて浜辺に並べ、七日七晩にぎやかに管弦の宴を催させた。音楽につられて一族の男女がこぞって浜に出てはしゃいだところを、伏せていた騎馬隊が背後から襲い、一族を捕らえて焼き滅ぼした。多く殺した所を伊多の郷、なまぐさく斬った所を碯都奈、安く殺した所を安伐の里、よく殺した所を吉前の邑と呼ぶようになったという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本の妖怪(早川純夫・早川純夫・妖怪史・1973年(昭和48年))
『日本の妖怪』は、早川純夫が一九七三年(昭和四十八年)に著した妖怪史の読み物である。『出雲風土記』『日本書紀』から『日本霊異記』『今昔物語』、江戸の『新著聞集』などの随筆までの古典に記された妖異を、かかわりのある実在の人物や事件とともに古代から近世へ時代順にたどる。全八章で、引用は意訳を交えて『』でくくり、仏教談や霊験談、地方の民話はおおむね除き、第七章には江戸の見聞録から選んだ二十話を並べる。