埋めても元に戻る弘法大師の杖跡
どんな伝承か
岩殿観音から鳩山町の奥田を抜け、都幾川村の慈光寺の観音へ通じる尾根伝いの道端には、大きな松の根元に直径三寸、深さ一尺ほどの小さな穴があいていた。弘法大師が杖を突いた跡だと言われていた。いたずら好きの子供が土や小石を詰めて埋めておいても、いつの間にか誰かが掘り返したかのように、同じ場所に同じ大きさの穴が元どおり口を開けていたという。しかし今では松の木も穴も立派な道路になってしまい、跡形も残っていない。
原典より
この穴は不思議なことに、いたずら子供が土や小石で埋めて置くと、何時誰があけるのかいつもちゃんともと通り同じ場所に同じ大きさであいていたものだが、…—— 東松山市史 資料編 第5巻(民俗編)――伝説(東松山市(編)・東松山市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
東松山市史 資料編 第5巻(民俗編)――伝説(東松山市(編)・東松山市史)
『東松山市史 資料編 第5巻(民俗編)――伝説』は、東松山市の市史の民俗編のうち、伝説の部分を収めたものである。岩殿山の悪龍退治や比企一族の落人の話、永福寺の河童の詫証文、箭弓神社の銭絵馬、狐に化かされた話、神かくし、雪女郎など、市内の寺社・坂・沼・塚にまつわる四十六話を載せる。多くは会話を交えた物語の形で書かれ、筆者が幼い頃に母から聞いた話や古老から聞いたままの話も含み、末尾に〔 〕で由緒や文献の注を添える。