宮川新田の耳地蔵と狐の親子の石仏
どんな伝承か
宮川新田から清水谷へ入る地境の右手、小屋の中に安置された石地蔵は耳の神様として名高く、魚沼方面にまで知られた。願をかける人は旗を納め、成就すれば穴をあけたお椀や玉石を年の数だけ供える。小屋は清水谷の曽田惣右衛門の初代と二代が建て直したもので、地蔵そのものも惣右衛門が耳の病に苦しんで発願したと伝わる。昔、耳の遠い旅人が地蔵の前で休んでいて追剥に襲われ、地蔵の陰に隠れて助かったが、地蔵に斜めの刀傷が残ったという。また、侍が杉の根元で泣く母子を魔物と思って斬りつけたところ、耳病に悩む村の八右衛門の夢に、殺された狐の親子が石仏になっているから祀れば治るとの告げがあり、その石仏を祀ったと語られる。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
柏崎市史資料集 民俗篇(柏崎の民俗)――信仰と俗信(柏崎市(編)・柏崎市史)
『柏崎市史資料集 民俗篇(柏崎の民俗)――信仰と俗信』は、柏崎市史の資料集として編まれた民俗篇のうち、第四章「文化伝承」の信仰にかかわる部分を収める。柏崎市域のムラの神社とまつり、雨乞い・虫送りなどの祈願、家の神と屋敷神、民間小祠と路傍の石仏、寺と行事、修験、庚申講や米山講などの講を、聞き書きと「白川風土記」「神社明細帳」などの記録から記す。第六節「俗信」では予兆・占い・禁忌を分類して列挙し、昭和五十八年の熱田神社の年占の結果も載せる。