鳥越の稲荷堂と渡し守を守った神
どんな伝承か
安田鳥越の稲荷堂を信心すると疫病にかからないという話が残る。昔、ここから北条へ出るには鯖石川を舟で渡るほかなく、夜や雪の日は割増の渡し賃を取った。妙ななりの若者が日に四、五度も乗るのに、口もきかず割増も払わない。渡し守たちは怪しみつつ快く渡していた。ある雨の夜、後を追うと追分の観音堂のあたりで姿が消え、ギーッと音がした。愛宕山へ通う男装の者がいる、稲荷かもしれぬから粗末にするなと年長者は言う。数年後、鳥越に傷寒が流行って多くが倒れたが、渡し守だけは病まなかった。社で眠り込んだ老人に、守るのは渡し賃を取らずにいてくれた礼だ、疫病もじきに収まると告げがあり、そのとおりになったという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
柏崎市史資料集 民俗篇(柏崎の民俗)――信仰と俗信(柏崎市(編)・柏崎市史)
『柏崎市史資料集 民俗篇(柏崎の民俗)――信仰と俗信』は、柏崎市史の資料集として編まれた民俗篇のうち、第四章「文化伝承」の信仰にかかわる部分を収める。柏崎市域のムラの神社とまつり、雨乞い・虫送りなどの祈願、家の神と屋敷神、民間小祠と路傍の石仏、寺と行事、修験、庚申講や米山講などの講を、聞き書きと「白川風土記」「神社明細帳」などの記録から記す。第六節「俗信」では予兆・占い・禁忌を分類して列挙し、昭和五十八年の熱田神社の年占の結果も載せる。