荒浜の青山狐と青山稲荷
どんな伝承か
荒浜から大湊へ向かう約四キロの道は丘陵と海に挟まれた寂しい所で、一匹の狐が住みつき、夕方暗くなってから通る人は必ず化かされ、魚を担いでいれば籠の中を残らず取られたという。退治もできず、人々は青山狐様と呼んで恐れたが、いたずらは日増しにひどくなった。村人が集まって対策を相談したとき、老翁が、狐は神の使いで殺せば祟りがある、小社を建てて神に崇めれば喜んでいたずらをやめるだろうと語った。皆が同意してすぐに祠を建て、稲荷大明神と称して狐に頼むと、以後通行人の魚は取られなくなった。この稲荷社は丘の松林の中にあり、青山稲荷と呼ばれて信者も多い。原子力発電所の建設で道路が付け替えられ、社の位置も動いている。
原典より
荒浜から大湊に行く約四キロメートルの道は、東側は丘陵地で西はひろびろとした日本海であり、昔は寂しい所であった。—— 柏崎市史資料集 民俗篇(柏崎の民俗)――信仰と俗信(柏崎市(編)・柏崎市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
柏崎市史資料集 民俗篇(柏崎の民俗)――信仰と俗信(柏崎市(編)・柏崎市史)
『柏崎市史資料集 民俗篇(柏崎の民俗)――信仰と俗信』は、柏崎市史の資料集として編まれた民俗篇のうち、第四章「文化伝承」の信仰にかかわる部分を収める。柏崎市域のムラの神社とまつり、雨乞い・虫送りなどの祈願、家の神と屋敷神、民間小祠と路傍の石仏、寺と行事、修験、庚申講や米山講などの講を、聞き書きと「白川風土記」「神社明細帳」などの記録から記す。第六節「俗信」では予兆・占い・禁忌を分類して列挙し、昭和五十八年の熱田神社の年占の結果も載せる。