大沢福寿院の疱瘡神と遊行神
どんな伝承か
大沢の福寿院の参道を登りかけた右手、国道寄りに、弘化三年(一八四六)七月造立の「疱瘡神」と刻んだ石塔がある。野田にも小さな石祠の疱瘡神があり、柏崎では少ないが高柳町には数基みられる。昔、疱瘡は種痘が行われるまで誰もがかかる病で、子供の死亡率が高く、治っても痘痕が残るため恐れられた。人々はこの病を疫病神・疱瘡神の仕業と考え、この悪神は村から村へ渡り歩く遊行神だとした。流行の気配があれば村への侵入を防ぎ、やむなく入り込んだときは丁重に扱って早く隣村へ立ち去ってもらうようにしたという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
柏崎市史資料集 民俗篇(柏崎の民俗)――信仰と俗信(柏崎市(編)・柏崎市史)
『柏崎市史資料集 民俗篇(柏崎の民俗)――信仰と俗信』は、柏崎市史の資料集として編まれた民俗篇のうち、第四章「文化伝承」の信仰にかかわる部分を収める。柏崎市域のムラの神社とまつり、雨乞い・虫送りなどの祈願、家の神と屋敷神、民間小祠と路傍の石仏、寺と行事、修験、庚申講や米山講などの講を、聞き書きと「白川風土記」「神社明細帳」などの記録から記す。第六節「俗信」では予兆・占い・禁忌を分類して列挙し、昭和五十八年の熱田神社の年占の結果も載せる。