疱瘡神が組屋六郎左衛門に出した詫証文
どんな伝承か
疱瘡神が人に宛てて詫び証文を出したという伝えがある。その一つは、疱瘡神が五名連記で、長徳三年五月付けで若狭国小浜の組屋六郎左衛門に宛てたもので、組屋は小浜随一の豪商として知られていたという。河童の詫び証文などはたいてい記号のような判読できない字で書かれるのに、これは書式にのっとった見事なものである。こうした詫び証文は、蘇民将来子孫繁昌の札と同じように、呪符の役目を果たしていたらしい。
原典より
第一は疱瘡神五名連記で、長徳三年(九九七)五月付け若狭国小浜の組屋六郎左衛門宛のもの。—— 厄除け――日本人の霊魂観(佐々木勝・民俗学・厄除け信仰・1988年(昭和63年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
厄除け――日本人の霊魂観(佐々木勝・民俗学・厄除け信仰・1988年(昭和63年))
『厄除け――日本人の霊魂観』は、佐々木勝が昭和六十三年に名著出版から刊行した民俗信仰の論考集である。鬼・悪魔・疱瘡神・一つ目小僧など人に災いをもたらす神霊を「厄神」と総称し、その来訪を防ぐ呪術と祀り上げる祭祀を、著者の民俗調査と国学院大学民俗学研究会の採訪記録などの事例から説く。禁忌と呪術、百鬼夜行と目籠、鬼の宿と笹神様、年神とミタマの飯、厄年と年祝い、正月行事と司祭者など八章からなり、うち四章は書き下ろしである。