京まいり帰路に倒れた佐渡人の墓
どんな伝承か
中浜の金毘羅様(虚空蔵庵)の裏手の墓地、大きな榎の下に、京まいりの帰りに病に倒れて生涯を終えた旅人の小さな墓がある。正面に佐州雑太郡三宮の山本伝五右衛門の名、側面に空満国帰心居士の戒名が刻まれ、裏面には医師矢代文郷が記した建立のいわれが彫られている。弘化三年(一八四六)七月八日、京まいりを終えた佐渡の一行が柏崎を通ったとき、一人が急病で倒れた。仲間は医師を探したが不在で、病人は五十六歳で息絶えた。所用で留守にしていた矢代文郷は、せめてもの心尽くしにその日の夕方、虚空蔵庵で密葬してこの地に葬ったという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
柏崎市史資料集 民俗篇(柏崎の民俗)――信仰と俗信(柏崎市(編)・柏崎市史)
『柏崎市史資料集 民俗篇(柏崎の民俗)――信仰と俗信』は、柏崎市史の資料集として編まれた民俗篇のうち、第四章「文化伝承」の信仰にかかわる部分を収める。柏崎市域のムラの神社とまつり、雨乞い・虫送りなどの祈願、家の神と屋敷神、民間小祠と路傍の石仏、寺と行事、修験、庚申講や米山講などの講を、聞き書きと「白川風土記」「神社明細帳」などの記録から記す。第六節「俗信」では予兆・占い・禁忌を分類して列挙し、昭和五十八年の熱田神社の年占の結果も載せる。