山中村で流産死した子連れの女
どんな伝承か
天明七年、三十七、八ほどの女が子供を連れて守山領山中村に現れ、日が暮れて困っていると宿を願い出た。村では泊めてやったが、その晩から女は小産すなわち流産を起こして重篤となった。女が世話になっていたという須賀川の庄屋へ問い合わせたところ、当方は関知しないという返事であった。村では医者の栄庵を呼んで治療にあたらせたが、五日の後に女は死亡した。在所も身元も分からぬままの最期であった。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
疫病と狐憑き-近世庶民の医療事情(昼田源四郎・昭和中期(推定))
本書は江戸時代の陸奥奥州守山藩領における『御用留帳』を史料とした、近世農村の医療事情と心霊現象の研究である。狐憑きや物付きなどの精神疾患が、祈禱や指籠入れ(座敷牢)によって治療された実例を14件詳述する。天明・天保の飢饉や流行疫病(疱瘡、麻疹、コレラ等)への対応と並行して、乱心者の社会的処遇、責任能力の鑑別問題、欠落(逃亡)との区別が論じられている。