田中のゲンバの観音像の祟り
どんな伝承か
柏崎市女谷高原田の毘沙門堂は、以前は地蔵堂であった。この地蔵堂に関わる地蔵院南学は権大僧都であり、十八世紀には当山派修験の相当な権力者であったと思われる。同じくこの地に住んだと伝える山伏の田中のゲンバも権力者であったようで、田中のゲンバの住居跡に建立された観音様の石像を粗末にすると罰が当たるといわれるほどであった。この観音像は現在、毘沙門堂の前庭に祀られている。もっとも、田中のゲンバと地蔵院が同一人物であるかを確定するような材料はなく、毘沙門堂主の山内禅海氏は全く関係がないと述べているという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
柏崎市史資料集 民俗篇(柏崎の民俗)――信仰と俗信(柏崎市(編)・柏崎市史)
『柏崎市史資料集 民俗篇(柏崎の民俗)――信仰と俗信』は、柏崎市史の資料集として編まれた民俗篇のうち、第四章「文化伝承」の信仰にかかわる部分を収める。柏崎市域のムラの神社とまつり、雨乞い・虫送りなどの祈願、家の神と屋敷神、民間小祠と路傍の石仏、寺と行事、修験、庚申講や米山講などの講を、聞き書きと「白川風土記」「神社明細帳」などの記録から記す。第六節「俗信」では予兆・占い・禁忌を分類して列挙し、昭和五十八年の熱田神社の年占の結果も載せる。