鎌倉で神歌を詠み嵐を鎮める
どんな伝承か
大正八年八月、言霊隊の一隊を率いて鎌倉にいた王仁三郎のもとへ、大台ヶ原で放たれた言霊の波動が嵐となって紀州沖から東へ進み、東京を襲う勢いを見せていた。王仁三郎はそれを知っていたかのように急ぎ神宮山に登り、神歌を一首詠み上げた。すると風も波もうそのように収まった。同行した者たちは、海岸に打ち寄せていた家ほどもある大波が見る間に小さくなり、十分足らずで鏡のような海面になるのを目にして言葉を失ったという。
原典より
王仁三郎といっしょにいたメンバーたちは、眼前の海岸に打ち寄せる家のような大波がみるみるうちに小さくなり、わずか十分たらずで鏡のような海面になったのを見て唖然とした。—— 出口王仁三郎の霊界からの警告――発禁「予言書」に示された破局と再生の大真相(武田崇元) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
出口王仁三郎の霊界からの警告――発禁「予言書」に示された破局と再生の大真相(武田崇元)
『出口王仁三郎の霊界からの警告――発禁「予言書」に示された破局と再生の大真相』は、武田崇元が著した、大本の出口王仁三郎の予言をめぐる解説書である。開祖出口ナオの神憑かりと王仁三郎の生涯をたどりつつ、日露戦争から太平洋戦争・敗戦に至る予言や、発禁とされた予言詩『瑞能神歌』、『霊界物語』の記述を取り上げる。予言と二度の大本弾圧を軸に歴史との符合を論じ、秘章で入蒙や出生をめぐる謎を扱い、巻末に年譜を付す。