醜いオコゼを喜ぶ相ノ島の山の神
どんな伝承か
海の魚のオコゼを山の神がとくに好むといって、これを供えて山神の好意と恵みにあずかろうとする風習は、国の南北にわたって多い。どうしてそういう信仰が育まれたかは、まだ明らかにされていない。筑前の相ノ島では、山神は醜い顔の持主だから、自分より醜いオコゼを見るのを喜ぶといい、山神を女神とする性格をうかがわせる。奈良の吉野郡や熊本の球摩郡では、この魚を山神の嫁ごともいう。誰も理由を知らないのに、好物のオコゼを山神に供えれば山の幸を授けられるという信仰だけは、九州から奥羽の果てにまで及んでいる。この魚を山神に見せるにも作法があり、右手で出すと手ごと引き抜かれるといって、左手で出すものとされている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
河童・天狗・妖怪――民俗随筆(武田静澄・武田静澄・民俗随筆・1956年(昭和31年))
『河童・天狗・妖怪――民俗随筆』は、武田静澄が昭和三十一年に著した民俗随筆である。天狗と神かくし、河童、座敷わらし、山の神と山の妖怪、狐狸とつきもの、水辺や海の亡霊、死霊と御霊などをめぐる伝承を、『今昔物語』などの古典の説話と各地の民俗の事例から集めて語る。短い見出しを立てた小文を連ねる形をとり、神かくしにあう心理や幻覚、お化けの心理にも触れて、妖怪を信じる心のはたらきを考える。