温田に残る公家に化けた狸の画
どんな伝承か
関東各地の村々には、狐や狸が書いたと伝える書画が残る。たいていは旅僧に化けてしばらく滞在したことになっており、食事や入浴のときに人がそばにいるのを嫌うので覗くと、器に直接口をつけて食べていた、湯殿で長い尻尾が見えた、などと正体が知れる。天明年間には鎌倉建長寺の使僧が小仏峠を中心とする山村を巡って多くの書画を残したが、これも狸だったといわれる。信州下伊那郡泰阜村の温田にも狸の描いた絵があり、獣の体に人の顔を付けたような画像である。これは京都の公家という触れ込みで、出入りにも駕籠の戸を開けず姿を見せなかったが、温田を発って天竜川をさかのぼり、上穂の光善寺の飼い犬に殺されたという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
河童・天狗・妖怪――民俗随筆(武田静澄・武田静澄・民俗随筆・1956年(昭和31年))
『河童・天狗・妖怪――民俗随筆』は、武田静澄が昭和三十一年に著した民俗随筆である。天狗と神かくし、河童、座敷わらし、山の神と山の妖怪、狐狸とつきもの、水辺や海の亡霊、死霊と御霊などをめぐる伝承を、『今昔物語』などの古典の説話と各地の民俗の事例から集めて語る。短い見出しを立てた小文を連ねる形をとり、神かくしにあう心理や幻覚、お化けの心理にも触れて、妖怪を信じる心のはたらきを考える。