大しけの夜に江の島で聞いた囃し声
どんな伝承か
海の亡霊は声をかけたり、囃し声を立てて近づくことがある。大正七年の八十八夜は大時化となった。江の島に泊まった人が、舟も火も見えないのに囃し声や引く声が聞こえて、とうとう一晩、皆が寝ることができなかったと、愛媛県魚島で伝えている。千葉県富崎では三月二十八日の祭日、舟が帰らぬのを心配していると裸舟が浜へ近づいてきたが、よく見ればそれは舟幽霊だったという。千葉県千倉町でも、時化の夜には「よーや、よーや」という声が聞こえることがあると伝える。舟幽霊や海坊主、磯女の怪は海気や潮汐の作用によるものもあろうが、漁民の心理には共同幻覚を起こす素地が十分にあると説かれている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
河童・天狗・妖怪――民俗随筆(武田静澄・武田静澄・民俗随筆・1956年(昭和31年))
『河童・天狗・妖怪――民俗随筆』は、武田静澄が昭和三十一年に著した民俗随筆である。天狗と神かくし、河童、座敷わらし、山の神と山の妖怪、狐狸とつきもの、水辺や海の亡霊、死霊と御霊などをめぐる伝承を、『今昔物語』などの古典の説話と各地の民俗の事例から集めて語る。短い見出しを立てた小文を連ねる形をとり、神かくしにあう心理や幻覚、お化けの心理にも触れて、妖怪を信じる心のはたらきを考える。