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友清歓真が青島で修めた禊

所在地宮崎県宮崎市(青島)
年代伝承(口承)
登場友清歓真、青島で禊を修めた本人
出典鎮魂行法論――近代神道世界の霊魂論と身体論

どんな伝承か

友清歓真は大正七年に大本へ入って信者となったが、その熱はほどなく冷め、翌大正八年四月には大本の教えに疑いと反発を抱いて離れた。同じ年の五月から六月にかけて、友清は宮崎県の青島に赴いて禊を修めた。この禊は「青島の復活」と名づけられている。その後の友清は、九月に大本を激しく攻撃する小冊子を出し、十月には鎮魂帰神を論じた著書を刊行し、さらに本田親徳の霊学の正統を学ぼうとして静岡の長沢雄楯を訪ねたという。

原典より

しかしこうした熱狂は間もなく冷め、大正八年四月には大本に疑問と反発を感じて脱退し、同年五月から六月にかけて宮崎県の青島で禊を行なう。—— 鎮魂行法論――近代神道世界の霊魂論と身体論(津城寛文・津城寛文・宗教学) より引用
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※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

鎮魂行法論――近代神道世界の霊魂論と身体論(津城寛文・津城寛文・宗教学)

『鎮魂行法論――近代神道世界の霊魂論と身体論』は、津城寛文が著し、春秋社から刊行された宗教学の研究書である。本田親徳・出口王仁三郎・浅野和三郎・友清歓真・川面凡児・田中治吾平・宮地水位など、近代以降の神道界とその周辺に現れた鎮魂行法家の系譜をたどり、その鎮魂帰神説や霊魂観をシャーマニズム研究の観点から整理する。序章と全七章からなり、第一章で行法家の群像を描き、第七章では「宗教的身体境界」の考え方によって鎮魂行法を類型化する。

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