双見狭霧の滝で始まった夏のみそぎ
どんな伝承か
川面凡児は大正元年八月、五、六人を連れて軽井沢の山奥にある双見狭霧の滝へ出かけ、みそぎの行事を執り行った。これがのちに恒例となる夏のみそぎの始まりである。稜威会のみそぎは、明治四十二年に片瀬の浜で行った寒中の行が最初で、大正四年八月には御岳山神社で地方として初めての夏のみそぎも開かれた。ただ、これらはまだ内輪の催しにとどまり、みそぎが一般に公開されたのは大正六年八月の夏のみそぎからだったという。
原典より
なお、大正元年の八月には、軽井沢の山奥、双見狭霧の滝に五、六人をともなってみそぎの行事を斎行しており、これが後に夏のみそぎとなる。—— 鎮魂行法論――近代神道世界の霊魂論と身体論(津城寛文・津城寛文・宗教学) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
鎮魂行法論――近代神道世界の霊魂論と身体論(津城寛文・津城寛文・宗教学)
『鎮魂行法論――近代神道世界の霊魂論と身体論』は、津城寛文が著し、春秋社から刊行された宗教学の研究書である。本田親徳・出口王仁三郎・浅野和三郎・友清歓真・川面凡児・田中治吾平・宮地水位など、近代以降の神道界とその周辺に現れた鎮魂行法家の系譜をたどり、その鎮魂帰神説や霊魂観をシャーマニズム研究の観点から整理する。序章と全七章からなり、第一章で行法家の群像を描き、第七章では「宗教的身体境界」の考え方によって鎮魂行法を類型化する。