一本か二本かで争ったモミの木
どんな伝承か
明治の初めごろまで、常盤町の慈恵稲荷社と成就院の大門には、それぞれ大きなモミの木がそびえていた。中山道を行き来する人の目には、この二本がまるで一本の木のように重なって見えたという。そのため旅人たちは「一本だ」「いや二本だ」といつも言い争っていたと伝えられ、争いモミの木と呼ばれた。
原典より
中山道を通る人びとには、この二本のモミの木がまるで一本に見えたという。—— 浦和市史 民俗編――伝説(浦和市(編)・浦和市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
浦和市史 民俗編――伝説(浦和市(編)・浦和市史)
『浦和市史 民俗編――伝説』は、浦和市史の民俗編のうち、第十章「伝説」を収めた部分である。調神社の片目の鯉や兎を飼わない言い伝え、日蓮上人の駒つなぎのケヤキ、見沼の竜神や笛、別所沼の大蛇、地名や塚の由来、特定の作物や弓矢を忌む家の言い伝えなど、市内に伝わる伝説を集める。旧市部から西浦和まで地区別に節を立て、見沼の伝説は一節にまとめ、章の初めに『埼玉県伝説集成』などの引用文献を掲げ、話のあとに▽印で異説や由来を補う。