白馬になった池の主
どんな伝承か
昔、中山村の八兵衛が馬を連れて石堂山へ草刈りに出たところ、いつの間にか馬が消えた。先に家へ戻ったかと思いつつ豊島池のほとりの三本松まで来ると、馬が草を食んでいる。乗ろうとした途端、馬は白馬に変じて池へ飛び込もうとし、自分は池の主の化身でお前を住まいへ連れていくと告げた。八兵衛がどんな供養でもするから命ばかりはと頼むと、白馬は池に消えた。八兵衛は急いで米をつき、三本松で鍋に炊き始めたが、炊き上がる頃に池の水が沸き立って轟音がしたので、鍋を置いて逃げ帰った。翌日行くと飯はすっかり消えていた。以来、毎年十二月の晦日に池のほとりで供え物を捧げ、子孫も続けたが、明治維新の頃に絶えたという。
原典より
喜んだ八兵衛が乗ろうとすると、馬はぱっと白馬に変わり、池にとび込もうとした。—— 渥美町史 考古・民俗編 より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
渥美町史 考古・民俗編
『渥美町史 考古・民俗編』は、渥美町の町史のうち考古・民俗編で、ここに収めるのは第二章「民間伝承と信仰・俗信」の第一節「伝説と昔話」の部分である。西ノ浜に上陸した家康にまつわる松や茨、膳貸せ岩、白馬になった池の主、大地震で海に沈んだ小塩津、秀忠が掘らせた井戸など町内各地の伝説十二話と、古屋の漏りやかちかち山などの昔話を収める。両者の違いを説く解説を前に置き、各話に地区名を添え、昔話は昭和六十年から六十一年の調査で採られたと記す。