世田城と蛇の池の大蛇
どんな伝承か
南北朝時代、伊予の世田山に大館氏明が築いた世田城があり、城将は篠塚伊賀守であった。山麓の蛇の池は築城以来の池の主が棲み、世田城鎮護の神とされていた。細川勢の大軍に攻められ落城間近と見た伊賀守は、城を脱して敵勢十八人ほどの首を刎ね、池の主の大蛇に投げ与えたのち自害した。その時、池に竜巻が起こり大蛇が現れて岩を崩し、この岩陰に隠れていた細川勢の大半が下敷きとなって死んだという。この岩山は今も崩岩と呼ばれている。
原典より
そのとき蛇の池に竜巻が起こり、風雨をよび、大蛇があらわれ出た。—— 怪談の世界(山田野理夫・1978年(昭和53年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
怪談の世界(山田野理夫・1978年(昭和53年))
『怪談の世界』は、山田野理夫が昭和五十三年に著した怪談の研究随筆である。遠野での佐々木喜善と柳田国男の出会いから説き起こし、家・山・木・石・道・水・火に現れる妖怪、憑き物、鬼と天狗、生霊・死霊・幽霊の話を、著者の聞き書きや各地の民俗資料、古典・芝居から集め、沖縄の話で結ぶ。章立ては江馬務と柳田国男の妖怪分類を参考にしたもので、民俗学の資料と文学作品の両面から怪談をとらえようとしている。