三十三人が討たれた出戸陣場
どんな伝承か
糸沢の集落から南へ四キロほど行った所に、出戸陣場・入陣場と呼ばれる丘のような場所がある。明応四年十一月、会津で内紛が起こったあと、松本備前や伊藤民部らが宇都宮殿を頼って落ちのびようとしたところ、南山殿が追いすがってきて、一行三十三人をここで討ち取ったと伝えられている。それゆえこの地を陣場と呼んでいる。
原典より
糸沢部落の南四キロばかりの所に出戸陣場、入陣場といって丘のような所がある。—— 田島町史 第4巻(民俗篇)――伝説(田島町(編)・田島町史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
田島町史 第4巻(民俗篇)――伝説(田島町(編)・田島町史)
『田島町史 第4巻(民俗篇)――伝説』は、会津の田島町の町史のうち民俗を扱う巻の、伝説を論じた節である。針生・糸沢・金井沢・折橋などに伝わる岩魚の棲まない沢、ダイタンボウの足跡、弘法清水、竜燈、天狗隠し、河童駒引き、アズキトギなどの伝説を、土地の言葉を交えた語りで載せる。自然伝説・歴史伝説・信仰伝説に分けて動物・地形・地名・人物・幽霊・妖怪変化などの項を立て、各話のあとに伝説の型や会津の類例を論じる。