栗生沢に葬られた大人の塚
どんな伝承か
慶応四年八月二十九日、西軍二千の兵が田島に攻め入り、会津軍は戦わずして田島陣屋を引き払った。田島に駐留した西軍の狼藉ぶりに困った農民は、九月九日五ッを期して蓑笠姿で河原に集まり、松の木大砲を鳴らして陣屋を襲った。会津の大軍が来たと聞いた西軍の兵は、食いかけの朝飯を放り出して山中へ逃げ込んだ。数日後、栗生沢の湯田仲吉と百太郎が山仕事に出ると、小屋の中から二人の芸州兵に助けを乞われた。二人は握り飯を与えて送ろうとしたが、村相談の結果、暮れ六つを合図に小屋を取り囲んで銃撃した。その亡骸を村の墓地の片隅に葬って大人の塚を築いたという。討たれた大男は芸州藩の兵を率いた山本他人輔であったといわれる。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
田島町史 第4巻(民俗篇)――伝説(田島町(編)・田島町史・自治体史(民俗))
『田島町史 第4巻(民俗篇)』第二節所収の伝説。福島県田島町(南会津)に伝わる自然・歴史・神仏・池淵・幽霊・妖怪の伝説を採録する。