太閤検地の争乱を埋めた田部原の古塚
どんな伝承か
田部原のあちこちに古塚があり、昭和の初めにはその数三十六基あまりといわれた。天正十九年、豊臣秀吉の太閤検地の折、松川郷松川村に細野小右衛門という役人が泊まっていた。当時の松川では、事があれば貝を吹き鳴らして村人を集めることにしていたが、ある時何者かが別のわけで貝を吹き鳴らしたところ、近村の農民が合図と思って多く馳せ参じ、誤って役人の宿へ押し寄せようとした。細野の下人らがこれと争い、双方に多数の死傷者を出した。その後、蒲生氏が凶徒を捕らえ、田部原で死罪に処したという。いま残る塚はその亡骸を埋めた所であると伝えられている。
原典より
天正十九年豊臣秀吉の太閤検地の時、松川郷松川村(現下郷町大松川)に、細野小右衛門という役人が泊まっておった。—— 田島町史 第4巻(民俗篇)――伝説(田島町(編)・田島町史・自治体史(民俗)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
田島町史 第4巻(民俗篇)――伝説(田島町(編)・田島町史・自治体史(民俗))
『田島町史 第4巻(民俗篇)』第二節所収の伝説。福島県田島町(南会津)に伝わる自然・歴史・神仏・池淵・幽霊・妖怪の伝説を採録する。