敵味方を埋めた下大槻の四十塚
どんな伝承か
下大槻から東海大学のほうへ行く途中に、四十塚、また侍従塚と呼ばれる塚がある。落城させるのに三年もかかった真田城側と北条早雲方の、敵味方も分からぬ人々を埋めた塚だという。昔はたくさんの塚があった。文献にも、真田の西に四十塚と称する小塚が数多く散在し、大きなものは高さ六尺ばかり、由来は詳らかでないが、鎌倉時代の和田合戦か、戦国時代の武田・北条の合戦のときに生じたものであろうと記されている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
秦野市史 別巻 民俗編――伝説・妖怪(秦野市(編)・秦野市史)
『秦野市史 別巻 民俗編――伝説・妖怪』は、神奈川県秦野市の市史のうち、民俗編の口承の部分を収めたものである。前半には市内で聞き取った動物・神仏・妖怪・人や村に関する話を地区名とともに載せ、河童やセンタク婆さん、グアン婆さんなどの妖怪譚を含む。後半の第四節「伝説」は一テーマ一話の方針で百話を採り、動物・植物、水、石・岩、山・坂・道・畑、塚、祠堂、家・村の七つに分け、既刊の類話を〔文献〕として要約して添える。