押石・横岩の神功皇后手型
どんな伝承か
押石(おさいし)、横岩(よこいば)という地名には、次のような言い伝えがある。昔、神功皇后が朝鮮半島へ出兵する際、半島の方角である西を向いて鎮まる太祖神社に戦勝を祈ろうと、急な坂を登ってきた。ここまで来て、やれやれと岩に手をついてひと息入れたところ、その岩に大きな手の跡が残ったという。さらに登って、横に突き出た大岩に腰を下ろして休んだが、岩が折れそうになったので慌てて真ん中の方へ座り直した。そのため、この岩には大小二つの座った跡が残っているといわれる。
原典より
そのため大小二つの座型がこの岩に残ったと言われます。—— 篠栗町誌 民俗編――伝説・怪異(篠栗町(編)・篠栗町誌) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
篠栗町誌 民俗編――伝説・怪異(篠栗町(編)・篠栗町誌)
『篠栗町誌 民俗編――伝説・怪異』は、筑前の篠栗町の町誌民俗編から伝説の章を収めた部分である。鉾立山の玉依姫、若杉山の岩にまつわる弘法大師や鬼の伝承、薬師・地蔵・観音の霊験、平家岩や古井戸の言い伝えを番号つきの項で並べ、『筑前国続風土記』などの地誌や説明板の文を引く。後半では狐に化かされた話や狐憑き、狸の法座、巷の笑い話、若杉山の白蛇と杵蛇、河童の話を、古老の語りを交えて記す。