二十二棟の屋形と非情な女房
どんな伝承か
井殿盲目の子孫は上幅村の高山に広い屋敷を構え、掃部の代を迎えた。屋形は二十二棟、文庫は四十八棟でいろはの番号をつけ、使用人は三百六十余人、牛馬は百二十、物置の数は数え切れなかった。炊事場の釜ノ口から高山までの屋敷の周りには土塁を築き堀をめぐらし、どんな日照りでも水が満々とあふれ、何不自由なく暮らしていた。ところが掃部の女房は大欲無道で慈悲も情もなく、下僕下女を昼夜の別なく休ませず、寝床には二間の柱を枕にさせ、一番鶏が鳴くのも遅いと槌で枕を叩いて起こした。米栗を搗くにも上に藁を置いて揚げる杵で打たせ、雨が降れば自ら考案したケラを着せて働かせたという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
胆沢町史 11(民俗編4)――口承・伝説(胆沢町(編)・胆沢町史)
『胆沢町史 11(民俗編4)――口承・伝説』は、胆沢町の町史民俗編の一冊のうち、第四章「口承・伝説」を収めたものである。第一節は松浦佐用姫と高山掃部長者の伝説を扱い、胆沢・水沢周辺の伝説地を列挙したうえで、町内に伝わる佐夜姫の本地物の写本や『南部叢書』所載の「奥州胆沢高山実伝」を翻刻する。第二節「いさわの昔話」は大蛇・狐・むじな・飢饉・戦後の怪異などの話を番号順に並べ、第三節「いろいろな昔話」へと続く。