放った矢の落ちた地に建つ大鏑矢神社
どんな伝承か
坂上田村麻呂が大多鬼丸を討つためにこの地へ入り、堀越の明石宮で一夜を過ごした。翌る日、鞍掛山に登って敵の構えを見ようとしたが、どうにも様子がつかめない。そこで鏑矢を一本抜き、東へ向けて射て、落ちたところに本陣を据えると決めた。矢は船引山の端をかすめ、いまの大鏑矢神社のあたりへ落ちたという。将軍は本陣をそこまで進め、首尾よく大多鬼丸を討ち取った。この時の鏑矢を祀ったのが大鏑矢神社の起こりだと伝えられている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
船引町史 民俗編――昔話と伝説(船引町(編)・船引町史)
『船引町史 民俗編――昔話と伝説』は、船引町が編んだ町史民俗編のうち、第十一章「昔話と伝説」を収めたものである。昭和五十三年春から町内を回って集めた昔話を話者の名を添えて土地の言葉のまま載せ、坂上田村麻呂や安倍貞任にまつわる地名・社寺の由来など町内の伝説を併せて記す。第一節では語り収めの句、葉煙草ののし作業を語りの座とした伝承の環境、語り手の系譜を論じ、第二節では伝説を自然・歴史・宗教の三つに分けて紹介する。