犬の子の吉兆と宮中の難産
どんな伝承か
平安朝のころ、権勢をふるう藤原氏の娘がある天皇の妃となり、子を宿して産殿に入ったが、何日も生まれない難産となった。祈祷もまじないも効かないなか、当時穢れた獣とされた犬の子が宮廷の垣をくぐって迷い込み、産殿の下に走り込んだあと階段を上って廊下に出た。凶事の前触れかと案じた宮人に召された陰陽博士の三善某は、男児が生まれ、やがて天子となる吉兆だと答えた。妃は力を得て男児を産み、その子は若くして即位した。博士が弟子に明かした種は、「犬」の点を大の下に打てば「太」、上に打てば「天」になる、という文字のこじつけだったという。
原典より
しかるに何ごとぞ、当時穢らわしい動物とせられていた犬の子が宮廷の垣を潜つて前庭に迷いこんだ。—— 日本の俗信 2――俗信と迷信(迷信調査協議会・日本の俗信・1951年(昭和26年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本の俗信 2――俗信と迷信(迷信調査協議会・日本の俗信・1951年(昭和26年))
『日本の俗信 2――俗信と迷信』は、迷信調査協議会が文部省への第二回報告書として編んだ答申書で、まえがきに昭和二十六年十二月の日付がある。迷信の定義や時代性、俗信と生活慣習の区別を委員たちが論じ、食い合わせや守札、憑きもの、河童の名称の分布、迷信による殺人の精神鑑定例などを取り上げる。総論と座談会、各論、結婚・妊娠の迷信の解明、新聞の社説・投書を集めた附録の四章から成る。