代掻きを手伝った成田の鼻取り地蔵
どんな伝承か
成田ムラの中央から南へ六百メートルほどの畑の中に、西を向いた地蔵がある。昔はムラの北三百メートルほどの字地蔵堂に安置されていた。ある年、この地蔵の祭り用の田を作っている施主が、馬を相手に一人で代掻きをして難儀していると、笠をかぶった伊勢参り姿の男が現れて馬の鼻取りを手伝ってくれた。おかげで仕事ははかどり、夕方までに田植えを終えた。礼に夕食を振る舞おうと探しても姿がない。翌日、方々を探すと、地蔵堂の中の地蔵が泥にまみれ、笠をかぶって立っていた。昨日の男とそっくりなので、地蔵が助けに来てくれたのだと拝んだ。以来これを鼻取り地蔵と呼び、頭巾や前垂れを供えて参ると夜泣きが治るという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
鏡石町史 第4巻 民俗編
『鏡石町史 第4巻 民俗編』は、鏡石町の町史のうち民俗を扱う巻である。第十一章「昔話と伝説」では、笠石・細谷・成田・久来石などのムラに伝わる木や坂・峠・祠堂・石にまつわる伝説を集め、伐ろうとした者が病んだ愛宕様の楓、鼻取り地蔵、和田平太胤長の妻にちなむ化粧が原などの由来を記す。伝説は木の部・坂峠山の部・由来譚・祠堂の部・石岩の部に分けて番号を付し、各話の末尾に話者名か『白河風土記』などの典拠を添える。