与七郎とお染が沈んだ雄池と雌池
どんな伝承か
隣村の豪農の息子に与七郎という美男子がいて、縁談はあちこちから持ち込まれていたが、本人は作男の一人娘お染を想っていた。これを知った両親は、お染親子を追い出してしまう。その年はめったにない日照りとなり、村では双子池の竜神へのいけにえにお染を差し出すと決めた。責めを感じた与七郎は、お染の名を呼びながら自ら竜神のいけにえとなって池に身を投げ、お染もそのあとを追った。このときから、与七郎が命を絶った池を雄池、お染が沈んだ池を雌池と呼ぶようになったと伝えられる。
原典より
これを知った与七郎は責任を感じ、お染の名を呼びながら自ら竜神のいけにえになり、お染もその後を追った。—— 長野県南佐久郡八千穂村佐口民俗誌稿 より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
長野県南佐久郡八千穂村佐口民俗誌稿
『長野県南佐久郡八千穂村佐口民俗誌稿』は、八千穂村佐口の暮らしと伝承を記した民俗誌の稿から、第十三章「口頭伝承」とその前の章の末尾を抜き出したものである。前の章の手まり唄・子守唄に続き、佐口へ嫁いだ桜井トラ氏から昭和五十一年に聞いた昔話、双子の池の竜神や白駒の池、大河原峠の行き倒れなどの伝説、火の玉の話、子どもを戒めることわざを収める。伝説には地理や類話を補う注を付し、佐口の外の土地の話も含む。