釜が渕の猿猴かわたろう生け捕り
どんな伝承か
吉田町を流れる可愛川に、釜が渕と呼ばれる渕がある。毛利氏が郡山に城を構えていたころ、猿猴に似た賀波太良(かわたろう)というものが、夕暮れになるとこの渕から現れて人々を困らせていた。そこで毛利元就は家臣の荒源三郎(井上姓)に命じ、これを生け捕りにさせたという。江戸期の国郡志下調帳もこの話を記し、武家高名記などの書物にも見えると添えている。その後元就はこのあたりに魚梁を掛けたので、川向こうに魚梁原という地名が生まれ、いつのころからか柳原と書くようになったと伝わる。
原典より
毛利公が郡山におられた頃賀波太良(かわたろう)といって猿猴(えんこう)に似たものが夕方になるとこの渕から出ては人を悩ますので、…—— 高田郡史 民俗編――伝説(高田郡(編)・高田郡史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
高田郡史 民俗編――伝説(高田郡(編)・高田郡史)
『高田郡史 民俗編――伝説』は、広島県高田郡の郡史の民俗編のうち、伝説の部である。吉田町・美土里町・甲田町・八千代町・高宮町・白木町などに伝わる八岐大蛇退治、毛利元就の百万一心、弘法大師のいろは石、つきものを落とすというはりいぶきの枯木などの話を、土地ごとに取り上げる。多くの話に、かつて村々から提出された「国郡志下調書出帳」の該当記事を原文のまま並べ、古い記録と今の語りとを照らし合わせている。