光明皇后の千日風呂と黄金の仏
どんな伝承か
向原町坂の千日には、光明皇后の千日風呂の話が伝わる。先帝の供養に諸国へ堂塔を建てた光明皇后は、さらに薬湯で難病の人を救おうと願い、幼名の鍛冶子姫を名乗って縁のある土地を探し、ここで湯を沸かして千日のあいだ農民を入浴させた。九百九十九日目に来た癩病の人は湯に入るとすぐ癒えたが、体の膿を吸ってほしいと頼んだ。皇后は迷った末に管で膿を吸い出すと、病人はそのまま息絶え、亡骸は光を放って黄金の仏となった。皇后はその金で七堂伽藍を建てたといい、岩屋寺など七か寺は廃れて地名に名を残す。千日は薬湯の跡、仏の原は姫が仏像を刻んだ所と伝える。
原典より
皇后は驚いて御覧になると不思議にも、その死体から光明を放ち、黄金の仏体となった。—— 高田郡史 民俗編――伝説(高田郡(編)・高田郡史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
高田郡史 民俗編――伝説(高田郡(編)・高田郡史)
『高田郡史 民俗編――伝説』は、広島県高田郡の郡史の民俗編のうち、伝説の部である。吉田町・美土里町・甲田町・八千代町・高宮町・白木町などに伝わる八岐大蛇退治、毛利元就の百万一心、弘法大師のいろは石、つきものを落とすというはりいぶきの枯木などの話を、土地ごとに取り上げる。多くの話に、かつて村々から提出された「国郡志下調書出帳」の該当記事を原文のまま並べ、古い記録と今の語りとを照らし合わせている。